海面上昇と溢れる下水の対策費は、石油業界が負担すべき? サンフランシスコ市による「気候変動裁判」の行方

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サンフランシスコ市が、このほど世界の石油大手5社を提訴した。海面上昇の影響で下水道に大規模な氾濫が起きるようになり、その対策に必要な膨大なコストを石油企業に負担させようとしているのだ。気候変動の代価を払うのは、いったい誰になるのか。

TEXT BY MEGAN MOLTENI
TRANSLATION BY TAKU SATO/GALILEO

WIRED(US)

San Francisco

PHOTO: DARRELL SANO/GETTY IMAGES

サンフランシスコに降り注いだ雨は、2つの方向に流れ出る。東のサンフランシスコ湾か、西の太平洋だ。その境界線は市内で最も標高の高い地域で、北部のプレシディオ公園から市中心部にあるツインピークスに至る。市内の土地は、この境界線から東西方向に低くなっており、雨水だけでなくトイレの排水も、このどちらかの方向に流れ出ていく。

カリフォルニア州にあるほかの海岸沿いの都市と異なり、サンフランシスコには、急激に増えた雨水や下水を処理するための下水網がひとつしかない。下水道が初めて整備されたのは100年以上前のことだ。いまでもこの設備は、基本的に1890年当時と同じ原理で動いている。その原理とは、土地の高低差を利用することである。

だが、当時の技術者たちは、20世紀中にサンフランシスコ湾の海面が20cmあまりも上昇するとは考えていなかった。当然ながら、21世紀末までにさらに150cm上昇するとは予想もしていなかっただろう。

そうなれば、大規模な氾濫が起こり、深刻な、し尿の問題に見舞われることはいうまでもない。このような海面の上昇を技術的に解決するには膨大なコストがかかる。そのため、市はその費用を別の誰かに負担してもらおうと考えた。そのひとつが大手石油企業だ。

気候変動の責任は石油会社にあり?

サンフランシスコ市は今年9月、化石燃料を生産している世界の大手5社を訴えることを明らかにした。訴訟の狙いは、気候変動から街を守るために必要な数十kmにわたる護岸設備の建設と下水設備の再設計にかかる費用を、彼ら企業に負担させることにある。

気候変動の要因の1つは、化石燃料とされる。石油会社が土地を採掘したり、水圧で地面を砕いたりして回収したものだ。この訴訟で市が勝てる見込みは、少なそうに思えるかもしれない。だが、原告が拠り所としている法律は、古くから存在し、さまざまな裁判で判決の法的根拠とされた法律だ。

実際、1990年代には大手たばこ会社が、2000年代には大手塗料会社が、破綻に追い込まれている。とはいえ、サンフランシスコの下水道の問題をはるかに超える意味合いをもつこの裁判で、気候変動の脅威に対して同じ法的根拠が適用されるかどうかはわからない。

1850年以降、サンフランシスコの海面は上昇を続けている。IMAGE COURTESY OF NOAA

ドイツ生まれの地質学者で都市計画家のカール・エドワード・グルンスキーは、1890年代にサンフランシスコにやってきたとき、その下水設備のいい加減さと、鼻を突く悪臭に驚いた。それまで40年近く、サンフランシスコの人々がつくっていた下水道は、レンガを無計画に積み上げただけのものだった。

このため、街は「ものすごい悪臭と騒音」がしていた。その臭いは「どんな強い鼻でも耐えられないほどで、街全体に消毒剤を撒いても消すことができない」と、当時の公衆衛生担当者は述べていた。

そこでグルンスキーは、土地の高低差を利用した革新的な下水設備を建設する計画を策定した。雨水で薄めたし尿を、市の南にあるデイリーシティから北部のノースポイントを通じて湾まで送り、ゴールデンゲート付近の速い海流に乗せて遠くに流してしまうことにしたのだ。

当時は下水処理技術が大きく進歩したものの、暴風雨で下水が溢れると、その下水を処理しないまま湾に流していた。しかし、1970年代に水質汚濁防止法が制定され、そのような対策が禁じられた。

そこで市は、半島のあちこちに幅約7.6m、深さ約13.7mの巨大な地下貯水槽を建設した。晴天の日には、2つある処理施設の1つに下水が集められて処理される。だが、雨が降ると、急速に増えた雨水や汚水が、下水管を通って巨大な地下貯水槽に流れ込む。

そして、下水処理施設で処理できるようになるまで溜めておかれるのだ。地下貯水槽が、いわば待合室のような役割を果たしている。

現在、氾濫が起こるのは、激しい暴風雨が発生し、水の量が貯水槽と処理施設の容量を超えたときだけだ。そのような場合には、行き場を失った汚水や雨水が、市の周囲にある36カ所の河口から放出される。だが、河口と市街地の高低差は数メートルしかない。このため、ちょうど満潮のときに雨が降ると、河口が海中に沈み、海面と高さが同じか低い地域に、汚水と雨水の混ざり合った水が逆流する。

フェイスブックもグーグルも水浸しに

最近では、こうした氾濫が以前より頻繁に起こるようになった。気候変動のせいで、サンフランシスコ周辺の海抜がすでに数上昇しているからだ。また、数十年後にはさらに氾濫が増えると見られる。2050年には、海面が最大で60cm上昇し、ほとんどの河口が常に海中に沈んだ状態になると予想されているのだ。

海面の上昇は、雨が降っている時期だけの問題ではない。晴れている時期でも、大きな潮の流れが河口に押し寄せ、海水が貯水槽に流れ込んで処理施設に達する可能性がある。海水は腐食性があるため、サンフランシスコ市民を汚水から守っているポンプやフィルターなどの設備に大きなダメージをもたらす。

いまのところ、このような事態が起こることはめったにない。だが、海面の上昇が進むほど、より多くの海水が流入して設備がダメージを受けることになるだろう。

読者が技術者なら、このような話を聞いても「河口の高さを数メートル上げればいいではないか」と思うかもしれない。おっしゃるとおり、それができれば話はきわめて簡単だ。

だが、サンフランシスコ市の下水道は、高低差を利用した既存の下水網をベースとしている。このため、下水網全体に影響を与えることなく、一部だけをつくり替えることはできない。

河口の位置を高くすれば、水没する回数は減るだろう。しかし、暴風雨が来れば、雨水を溜め込む余地が少なくなる。

したがって、河口が潮の満ち引きの影響を受けなくなったとしても、雨の季節には氾濫がさらに増えることになるのだ。そして忘れてはいけないのは、これらの河口とつながっている貯水槽と処理施設のほとんどが地下にあり、海面上昇による海岸浸食の影響に直接さらされることだ。

この問題を放置していると、21世紀末には、サンフランシスコ国際空港、MLBのサンフランシスコ・ジャイアンツの本拠地であるAT&Tパーク、それにNBAのゴールデンステイト・ウォリアーズの本拠地(建設中)が水浸しになる。

もちろん、フェイスブック、グーグル、Airbnbといった企業の本社、それに先日完成したばかりの、市内で最も高いセールスフォースの本社ビルもそうだ。モデルを使った予測[PDFファイル]によれば、2100年には、通常の潮の満ち引きだけでサンフランシスコの6%が水浸しになるという。

サンフランシスコ市は2016年、護岸補強工事を始めるために、当面の費用として800万ドルを捻出することを明らかにした。だが、短期的な補強工事でもおよそ5億ドル、長期的には50億ドルの費用がかかるといわれている。そのうえ、すべての下水インフラを保護し、流入する海水の量を制限するには、さらに3億5,000万ドルの費用が必要になる。気候変動のコストは、このようにすぐに積み重なるのだ。

そこで市は、このコストを企業が肩代わりすべきだと訴え始めた。その企業とは、自社の活動が気候変動と海面上昇をさらに進めていることに数十年前から気づきながら、いまだに膨大な量の化石燃料を製造している企業のことだ。

サンフランシスコ市のデニス・エレラ法務官は、訴訟を発表した記者会見で、「こうした化石燃料企業は、わたしたちの街に危険な運命をもたらしていることを知りながら、数十年にわたって膨大な利益を上げてきました」と非難した。そのうえで、BP、シェヴロン、コノコフィリップス、エクソンモービル、ロイヤル・ダッチ・シェルを被告人として名指しし、「今度は彼らがコストを負担するのです」と語った。

オークランド市も同じ日に似たような訴訟を起こしており、両市とも企業側に公的生活妨害(public nuisance)の責任があると主張している。彼らが訴訟で求めているのは、迫りくる海面上昇に備えるためのインフラ整備に必要な費用だ。両市の訴訟は、気候変動の責任を企業に負わせることができるかだけでなく、金額に換算できるかどうかを法律で問う初めてのケースとなる。

気候変動の訴訟は裁判所にとってはプレッシャーとなる

裁判がどのようになるか考えてみよう。これまでのところ、気候変動に関連した訴訟は、原告に訴える資格がないとして却下されるか、司法の管轄ではないとして却下されるかのどちらか、あるいは両方だった。裁判所は、間接喫煙とがんとの複雑な因果関係や、住宅の塗装と子供の行動や発達の問題の関連性については積極的に認めてきた。

しかし気候変動については、あまりにも複雑で裁判所の裁量を超えているとみなしてきたのだ。元最高裁判所陪席判事のアントニン・スカリアは2006年に最高裁判所で、「以前に申し上げたとおり、わたしは科学者ではありません」と述べている[PDFファイル]。「したがって正直にいえば、わたしは地球温暖化の問題を扱いたくないのです」

だが、気候変動を裁判の場で扱わなければならないというプレッシャーは高まっている(そして科学的証拠が集まっている)というのが、多くの法律専門家たちの見解だ。

気候問題関連の法的問題を研究するカリフォルニア大学ロースクールのEmmett Institute on Climate Change and the Environmentで共同事務局長を務めるショーン・ヘクトは、「気候変動の問題が、これまでの生活妨害法(nuisance law)で対処してきた範囲を超えたものだという認識は確かにあります。しかし、その妨害が深刻化しているのに、裁判所が救済措置を講じる可能性がますます減っていくということはありえません。それは道理を無視した行為です」と語る。

裁判所がサンフランシスコ市の訴えに耳を傾ける意思があるかどうか、判断するのはまだ早いが、その可能性は高いとヘクトはいう。市にもたらされる損害は個別的であり、海面の上昇は気候変動がもたらす最もわかりやすい負の影響だ。

カリフォルニア州はほかのどの州にも増して、多くのリソースを投入してデータを集め、海面上昇が海岸にもたらす影響を予測・理解しようとしてきた。また、化石燃料業界がこの問題について正確に理解していたにもかかわらず、人々に誤った情報を流していたことが次第に明らかになっている

たとえ小さな勝利であっても、この裁判で市が勝利すれば、ほかの地方自治体も石油会社やガス会社に対して訴えを起こすだろう。そして深刻な氾濫をもたらすハリケーンや日照りによる大規模な山火事など、気候変動による被害に関わるさまざまなコストを負担するよう求め始めるはずだ。

その点で、サンフランシスコ市の裁判の争点は、下水道と護岸設備の話にとどまらない。気候変動の代価を払うのは誰なのか、つまり、気候変動で大きな被害を受けている人々と、儲けている企業のどちらがコストを支払うのかという話なのだ。

サンフランシスコの街に降り注ぐ雨と同じように、行き着く先は2つしかない。その間も、海面は毎年少しずつ迫ってきている。

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