平昌冬季オリンピックは、こうして「北朝鮮の脅威」からも守られる──多国籍部隊による保安活動の舞台裏

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韓国・平昌(ピョンチャン)で2月9日に冬季オリンピックが開幕する。一部競技での南北合同チームの結成といった平和ムードが演出される一方で、これまで続いてきた北朝鮮による威嚇は不気味な影を落とす。こうしたなか、いかにオリンピックが守られるのか。現地に集結した多国籍の保安部隊の活動を追った。

TEXT BY ERIC ADAMS
EDITED BY CHIHIRO OKA

WIRED(US)

Winter Olympic Games

PHOTO: JOE SCARNICI/GETTY IMAGES

韓国・平昌(ピョンチャン)で2月9日に行われる第23回オリンピック冬季大会の開会式。世界の注目が集まるなか、観客と選手たちの頭には金メダルより重要なことがある。

それは不気味な影を落としている北朝鮮からの武力による威嚇だ。両国の選手団がひとつの旗の下で入場行進し、同じ氷の上を滑るとしても、そんなことでは拭い切れないほどの緊張感が漂っている。

遠隔操作による“テロ”の危険性

韓国の状況は特殊だが、現代のオリンピックでは世界各国から大勢の人が集まるため、テロリズムや個人の安全が危険に晒される脅威に直面している。そこには管理が必要な現代的リスクが存在するが、その最たるものがドローンとコンピューターだ。セキュリティーの専門家ピーター・シンガーは、「これまでと違うのは、攻撃を行う際に無人システムやサイバードメインの利用が増えていることです。攻撃者が現場にいる必要はまったくありません。遠隔操作が可能なのです」と話す。

シンガーは、例えばテロリストがドローンなど無人操作が可能な乗り物を使って、地上と空のどちらかでも化学薬品や爆発物を送り込んでくる可能性があると指摘する。ハッカーは、競技で使われるネットワークに遠隔地から妨害攻撃を仕かけたり、旅行者のクレジットカード情報を盗んだりできる。

あるいは、ドーピング検査のデータ改ざんや得点システムへの侵入によって、オリンピックを妨害しようとするかもしれない。また注目が集まる競技の前に、選手を困惑させて集中力を失わせるような個人情報を流すような手法も考えられる。とにかく、単独犯からテロリスト集団、犯罪組織、各国の諜報員までが、こうした数々の凶悪犯罪というゴールに到達する道がいくらでもあるのだ。

このような張り詰めた空気の下、韓国政府の主要機関が中心となって、数十カ国で構成される特別保安部隊が誕生しようとしている。協力することはめったにないそれぞれの専門機関がうまくまとまれるよう、準備が進められてきた。計画の立案段階から約2週間の会期中まで、参加各国がいつでも互いに協議できる体制が組まれており、普段は敵対する国同士でさえ今回のオリンピックでは情報を共有する機会が増えるだろう。

約200人の保安要員が米国からやってくる

プロジェクトを主導するのは韓国の保安部隊だが、アメリカが最大勢力を提供する国のひとつになることは間違いない。そこで登場するのが米外交保安部(DSS)だ。

国務省が管轄するこの保安および法執行機関は、在外公館と米国民の保護を担当し、今回の五輪では韓国に部員100人に加え数十名の追加要員が配備される。彼らの任務は、米オリンピック委員会および国務省の国際保安活動グループを構成するそのほかの政府機関(FBIのほか、衛星データ分析や世界中の危機監視を専門とする国家地球空間情報局などが含まれる)のチームを支援することだ。

アメリカからは240人からなる選手団に加え、保安要員200人が韓国にやってくる。保安要員も選手たちと同様に専門性をもった“競技者”であり、今回の大会のように2週間にも及ぶ重要な世界的イヴェントのために、人生のほとんどを訓練に費やしてきたのだ。

DSSは似たような組織であるシークレットサーヴィスより知名度は低いものの、単なる物真似の組織ではない。170カ国を超える地域に部員2,000人と関連スタッフ45,000人を擁し、オリンピックだけでなくFIFAワールドカップや、安全警護のスーパーボウルとでもいうべきニューーヨークの国連総会においても、警備に貢献している。

オリンピックのような一大イヴェントの場合、開催の数カ月前か、下手をすれば数年前から開催国に専任の人員を派遣し、対応を行う。今回の大会ではアメリカと韓国の強い繋がりだけでなく、韓国の技術力が大いに役立った。サムスンやLGといったテック企業を抱える同国は、サイバーセキュリティーに熟知しているのだ。

DSSで防護を専門にするリック・コロンは、「韓国のオリンピック開催能力については非常に信頼しています」と言う。「アメリカと韓国は当初から緊密な連携を続けていますし、オリンピックとパラリンピックのどちらについても包括的な安全警護計画の策定が完了しています」

実際、大会組織委員会(POCOG)には韓国警察庁、国家情報院、大統領室警護室、韓国軍など、そうそうたる機関が含まれている。

細かな人員配備

DSSは2年ほど前にソウルに現地の大使館を拠点とする部員2人を派遣し、オリンピック警備に向けた準備に着手した。まず取り組んだのは、セキュリティーチェックや他機関との連絡における手順の確立、大会期間中の緊急時の対応プラン、部員の配置案の調整だ。

韓国に向かう要員は、大規模なイヴェントや同国での活動の経験、韓国語の能力などを基準に選ばれた。彼らは救急処置および五輪で使われる通信システムについてのコースに加え、想定される全シナリオに関して追加の訓練を受ける。

現地では2つの会場のどちらにもフィールド連絡員と呼ばれる部員20人超が配置される。片方は開会式と閉会式、スキー、スノーボード、滑走競技(ボブスレー、ルージュ、スケルトン)などの競技が行われる平昌の山岳グループ。もう片方は、スケート、ホッケー、カーリングが行われる海岸部の江陵(カンヌン)のグループだ。

DSSでオリンピック・セキュリティ・コーディネーターを務めるクレイグ・リースタッドは、「各会場に人員が割り当てられ、そこで競技に参加したり練習を行う特定のチームをモニタリングしたりします」と話す。「その役割は会場にいて目と耳の役割を果たすことです。彼らは何らかの異常がある、つまり通常と少しでも異なることが起きた場合に、チームをいかに危険から救い出し、どこに移動させるべきか完全に心得ています」

両会場から鉄道で2〜3時間離れたソウルでは、さらに数十人の部員が共同運営センターに駐留し、会場に配備された人員やそのほかの警備機関、地元警察、消防、軍と連絡を取り合うことになっている。それ以外のDSSスタッフは、韓国側の指令センターで任務に当たる予定だ。

また会場の2グループにはどちらも状況把握のためのチームが付属し、潜在的な問題がないか会場外のエリアを監視することになっている。彼らの責務には、例えばVIPなどの到着に備えた道路規制が滞りなく行われているか確認したり、突然起こった交通事故が仕組まれたものではなく本当に偶発的な事故か検証するなど、ごく平凡な仕事も含まれる。しかしこれらは、まずは会場外から発生するかもしれないあらゆる潜在的な脅威に対する絶え間ない警戒活動の一環なのだ。

一方、警護には直接は関与していないが、緊急時には即時対応を要請できる組織が存在する。1957年以降ずっと韓国に駐留しているアメリカ太平洋軍(USPACOM)だ。この在韓米軍の存在により、最悪の事態が発生した場合でもわずか数分で3万人以上を動員することが可能になっている。

守りの鍵を握るのは情報共有

会期中は毎朝、DSSの担当者が必要に応じてほかの機関の人員を交えながら、あらゆる出来事や地元警察の動き、注意を要する情報などについてブリーフィングを行う。韓国側からも情報が更新される。

一方、DSSは国務省に毎日の報告を行うほか、海外安全対策協議会(OSAC)とも連携する。OSACは米国外で展開する団体・企業で大会に関わる可能性のあるものが任意参加する組織だ(例えばテレビ局のNBCは2,000人を現地入りさせるほか、コカ・コーラ、ブリヂストン、ゼネラル・エレクトリック(GE)といった主要スポンサーもそれぞれのチームを送り込むだろう)。

繰り返しになるが、すべてはコミュニケーションにかかわることだ。リースタッドは「わたしたちの強さは情報の共有にあります。コミュニケーションが断たれることによる利益は何もありません」と強調する。

共有される情報の具体的な中身は多岐にわたる。1996年と2000年の夏季五輪で国務省のテロ対策を統括し、同省とFBIの安全保障コンサルタントも務めたトーマス・ヘイスティングスは、「共同運営センターは韓国政府のセキュリティー機構の一部に組み込まれており、一連のコミュニケーションシステムと合わせて機能します」と話す。

「共有される情報の内容は大会そのもの、会場、選手、また今後に控える重要なイヴェント、メディアによるイヴェントの報道にとって、実際のテロリストたちと同じくらい脅威になり得ます。またサイバーテロの脅威に加え、従来のテロ組織などのSNSへの投稿を含むソーシャルメディアでの動きも議論の対象になるでしょう」

大会警備にかかわる機関はどこも、顔認証システム、監視用ドローン、疑わしい行動の検出が可能なスマートセキュリティーカメラ、テロに使われる化学薬品や生物兵器などを検知する各種センサーなど、華麗な最先端テクノロジーを使って情報収集戦略をサポートすることになる。DSSが手のうちの詳細を明かすことはないが、米国家偵察局(NRO)から取得した衛星データと画像を分析して戦闘や情報操作に役立てる業務を担う国家地球空間情報局(NSC)は、16年のリオデジャネイロ夏季五輪の際に詳細な対話型デジタルマップを作成したと明らかにしている。

DSSは地上レヴェルでもあらゆる先端機器を導入している。低帯域幅でも「所有者の状況と位置情報を送信できる」新しいモバイルデヴァイスはそのひとつだ。コロンは「できるだけ多くの技術を採り入れようとしています。人間のスタッフに加え、こうした機器も大いに役に立つからです。コミュニケーションを可能な限りスムーズにするために、複数の通信技術を利用しています」と言う。

あらゆる想定に対策を

大会を目前に起こった北朝鮮と韓国の融和の兆しは歓迎すべきものだが、だからといってすべてがうまくいくわけでは決してない。開会式前に共同運営センターでさまざまなシナリオを想定した模擬訓練が実施されることは公表されているが、DSSはそれ以外は緊急対応計画の詳細を明らかにする予定はないという。

テロの脅威に対抗するための最先端の備えに関していえば、保安部隊はさまざまな戦術を用意しているとセキュリティー専門家のシンガーは話す。「例えば、ロボット装置を使った空からの攻撃に対しては、まずは会場周辺の空域を閉鎖し、その後にドローンと思われる物体を追跡する各種の技術を活用します。保安部隊は問題の物体を撃墜するか、妨害電波を出して飛行不能にする技術を持っています。またハッキングによってハイジャックや飛行の妨害を行ったり、あるいは単に電子的に制圧することもできるのです」

一方、サイバー戦のおける主要な対抗策は事前に問題を察知することで、このうえで重要なのが他機関と情報共有だ。シンガーは「問題となりそうなものを発見したら、それを追跡するだけで攻撃された場合の回復力が上がります」と指摘する。

「サイバー戦における優れた諜報活動とは、特定のマルウェアを監視していると警告するだけでなく、特定のグループが何をしているのか知ることです。脅威が検出されたら、ある状況において問題となるグループがどのような手法を使ったか知ることにより、現在の状況でもそのグループを疑うべきか考えるのに役立ちます」

最後に、本当の大惨事(大規模なテロ攻撃や核攻撃、自然災害などだ)が起こる可能性もシナリオに含まれている。リースタッドは「いかなる事態に対しても対策が練られています。最悪の場合を想定したうえで、関係機関が揃ってシミュレーションして対策を立てました」と言う。

結局のところ、平昌五輪の目標は至ってシンプルだ。それは、雪と氷の上で繰り広げられる感動のドラマが実現することである。そして大会がどのように進行しようと、地政学的緊張が沈静化する兆しが見られない世界においては、DSSと世界各国の保安機関はこのオリンピックを観察し、次なる大きなイヴェントに向けて自らの方法論に磨きをかけることになるだろう。

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