次世代医療を支える「極低温物流」──その先端企業の知られざるテクノロジーに迫る

GettyImages-638504688-ee5daecfcd80f664c594c14253b1c8781afb0a7a

細胞療法の登場で需要が高まる医療向けのコールドチェーン(低温物流)を米国で一手に引き受けているのが、医薬品専門の運送事業者であるCryoportだ。極低温の液体窒素と一緒に遺伝子操作された細胞や特殊な医薬品が入った容器を、同社はいかに安全かつ正確に運ぶのか。人の命にかかわる荷物の運搬を支えるテクノロジーの秘密に迫った。

TEXT BY MEGAN MOLTENI
TRANSLATION BY ASUKA KAWANABE

WIRED (US)

PHOTO: GETTY IMAGES

UPS、FedEX、DHLといった運送業者が世界中のドアやフロントデスクに届けている荷物は、1日に約3,700万個。一つひとつの荷物は山積みにされ、分類され、飛行機やトラックにぎゅうぎゅう詰めにされる過程で、何十人もの人の手をわたる。手元に届く荷物が、たまに世の中のことが嫌になったような表情をしていたり、そもそも届かなかったりするのはそのためだ。

この荷物の中身がクリスマス用のハムだったり、アマゾンプライムで注文した2年分のトイレットペーパーであれば問題ない。だが、もしその中身が、遺伝子操作された抗がん細胞が入った50万ドルの小瓶であれば話は別だ。無事に配達されるかどうかが、人の生死を分ける。

次世代療法で需要が高まるコールドチェーン

昨年、「CAR-T細胞療法」と呼ばれる遺伝子療法が、初めて米食品医薬品局(FDA)に承認された。これは免疫細胞を改変し、血液中のがんを認識、破壊させる期待の治療法だ。治療のためには患者から細胞を取り出し、それを遺伝子改変のために研究所に送り、それを再び病院に運んで細胞を点滴経由で患者の体内に戻さねばならない。

米国を端から端へと動き回るこの運搬は、すべて「Cryoport」のロゴがついた液体窒素保存容器を使って行われる。Cryoportは、次世代の医薬品を時間通りに無傷で運搬することに特化した、医療産業のニッチ分野におけるリーダー的な存在だ。

冷凍シーフードであれば、輸送は冷凍車や輸送用コンテナがあれば十分だ。しかし、細胞には特別な対応が必要になる。細胞のすべての代謝活動を一時停止させるため、低温を維持しなくてはならないのだ。ここでいう低温とは、マイナス150度の極低温である。

遺伝子や細胞を利用した治療法の登場で、極低温輸送は一大ビジネスに成長している。そして、Cryoportはその最大のプレイヤーだ。

カリフォルニアを拠点とする同社は、30年近く前に生殖学や獣医学の分野を対象にビジネスを始めた。牛の精子や人間の卵子、鶏用ワクチンなどを世界中に運んでいたのだ[日本語版記事]。

そしていまやCryoportは、免疫療法を扱う製薬会社向けにコールドチェーン(低温流通体系)を提供する唯一最大の企業へと成長した。同社は新たに承認された2つの治療薬を独占的に運送しているほか、現在進行中の200以上の臨床試験にもサーヴィスを提供している。

カリフォルニア州アーヴァインにある同社の本社を訪ねたときは、ちょうどコンテナが午後の輸送待ちをしているところだった。そこには、ノバルティスやカイト・ファーマ、ジュノ・セラピューティクス、セルジーン、ヤンセンファーマ、ブルーバード・バイオなど、この分野のそうそうたる企業の名が並んでいた。

データとデザインが、運搬リスクを最小限に

Cryoportの施設の鍵を握るのは、極低温での保存を要する15,000ガロン(約57,000リットル)の液体窒素が入ったタンクだ(液体窒素の沸点はマイナス196℃である)。ただし、輸送の際は単に凍結細胞が入った保存容器に液体窒素を注げばいいというわけでもない。

代わりに同社は、ケイ酸カルシウムのスポンジを使う。スポンジに液体窒素を吸収させ、それを約2週間かけてゆっくりと放出するのだ。液体窒素を吸ったスポンジは、液体窒素の保存容器(デュワー瓶)に入れられる。周りを真空状態にした高性能の魔法瓶だ。その後デュワー瓶は、リアルタイムで気温や気圧、位置情報、衝撃、露光量などを記録するセンサーのバッテリーとともに、箱かプラスチック製の容器に入れられる。

Cryoportの最高経営責任者(CEO)であるジェリー・シェルトンは次のように語る。「製品に何かあっても、においや色が変わるわけではありません。常に温度が管理下にあったことを示す唯一の方法は、データなのです」

これは、例えばこんなときに便利だ。ロサンゼルス国際空港から東京に行く便のなかで、荷役の担当者が凍結細胞の入った箱を斜めに積んでしまったとしよう。スポンジは毛管現象によって液体窒素を吸い上げているため、置くときの角度は重要だ。もし正しい方向を上にしなければ気化速度がはねあがる。12日あった配達可能時間は、3日にまで減ってしまうのだ。

あるいは、誰かが容器を落としてヒビをいれ、真空状態が損なわれてしまったとしよう。ここからカウントダウンが始まる。極低温以上まで温度が上昇する前に、中身を救わなければならない。制限時間は6〜8時間だ。

輸送用容器にもイノヴェイション

こうしたことが起きた場合、自動的にCryoportのデータモニタリングシステム「Cryoportal」にアラートが送られる。同社のCCOであるマーク・サウィッキいわく、こうしたアラートは週に5回ほど出されるという。

アラートが届いた場合、Cryoportは液体窒素の補給や別の容器への入れ替えのために人を送る。「世界中の荷役の担当者を訓練することはできません」と、サウィッキは言う。「でも、新しい薬を送るわけにもいきません。データと設計によってリスクを最小限にとどめるほかないのです」

Cryoportの輸送用容器は、傾けたり上に物を置いたりといったことがしづらいようにデザインされている。容器の土台部分は重くて横幅が広い。倒したままにできない、起き上がりこぼしのようなデザインだ。また上部はキノコのように膨らんだ形状になっているため、上には物を置くことができない。

ここまでして、なぜか箱を傾けたり上に物を置いたりする方法を見つける人はいる。このため、Cryoportのエンジニアたちはヒューマンエラーに即した新しいデザインを考案中だ。彼らは最近、完全な球状のデュワー瓶で特許を取得した。この容器は重力を利用して中身を常に水平に保つことができる。

いつの日かこの球体が、あなたが注文した食材の隣でガンの治療薬を運ぶようになるかもしれない。だから、UPSやFedEXの運転手には優しく接しよう。彼らは人の命を救っているかもしれないのだ。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

話題をチェック

  1. 600x601x20170822nana.jpg.pagespeed.ic.u5ed1iTQeL-e5b3de5c391c8e3805df72a8cdb3da051ece71fa

    ANA、機内食総選挙2017の結果発表 和食は牛すきやき丼、洋食はビーフシチューとオムライス

    Sponsored link  機上ӗ…
  2. MIT-Instant-Retouch-TA-12db540ca97a6020f2db78ca5b27647ac89d2f28

    機械学習を用いれば、写真が「撮影する前」からプロ仕様の美しさに──グーグルとMITがアルゴリズムを開発

    NEWS 2017.08.22 TUE 08:00マサチ&…
  3. GettyImages-496380034-e1503241697905-b18cea347ee2933a806af5a4adfa2f3d9569add1

    「世界共通のインターネット」を巡る、グーグルとカナダ最高裁との闘い

    NEWS 2017.08.21 MON 07:00カナダ&…
ページ上部へ戻る