仮想現実空間の「視線」をハックした男 #CHA2016

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加速度的なブームを迎えるVR(仮想現実)は、わたしたちのリアリティや世界の認識をどう変えていくのか。ヴァーチャルの映像表現を用いながら、「わたし」のありかを問いの入口に作品を制作するメディアアーティストの谷口暁彦に、VRをハックする手段を尋ねた。

PHOTOGRAPHS BY KAORI NISHDA
TEXT BY HIROKUNI KANKI
EDIT BY ARINA TSUKADA

谷口暁彦|AKIHIKO TANIGUCHI1983年生まれ。多摩美術大学大学院修了。自作のデヴァイスやソフトウェアを用いて、メディアアート、ネットアート、ライヴパフォーマンス、映像、彫刻作品など、さまざまな形態で作品を発表する。主な展覧会に「[インターネット アート これから]──ポスト・インターネットのリアリティ」(ICC、2012年)、個展「スキンケア」(SOBO、東京、15年)、「滲み出る板」(GALLERY MIDORI.SO、東京、15年)など。 okikata.org

2013年から『WIRED』日本版が開催しているアワード「CREATIVE HACK AWARD」。受賞者のなかから、クリエイティヴシーンで活躍する逸材も生まれている本アワードが、今年も作品の募集を開始。「日常をハックせよ!」をテーマに、あらゆる領域における「新たなクリエイティヴ」を受け付けています(応募締め切りは16年9月30日)。好評を博している「オープンセミナー」は、第3回が8月31日に開催決定(イヴェントの詳細)。

VRに宿る「わたし」というゴースト

東京・初台のICCで現在開催中の「オープン・スペース2016 メディア・コンシャス」展(2017年3月12日まで)の一角には、大きな2面モニターを配したインスタレーション作品がある。鑑賞者は、アーケードゲームなどで見かける十字スティックのコントローラーを使って、ヴァーチャル空間を移動していく。

「私のようなもの/見ることについて」(16年)

鑑賞者が操作するのは、作者である谷口暁彦のアヴァターだ。これは2016年2月10日、谷口の身体の表面を覆うテクスチャーを3Dスキャンで撮影したデータの集積でもある。

「3Dスキャンされた自分の像は、あくまで過去に撮影されたイメージ。ここでは自分の屍体を動かしているような感覚に陥ります」と谷口は笑う。

右画面にはアヴァターの姿、左画面にはそのアヴァターが見ている視線が映し出される。このとき、鑑賞者はレヴァーを使ってアヴァターの進行方向や視線のズームイン・アウトを操作しながら、谷口自身の「目」となって、まなざしを共有していく。

ゲーム空間においてすぐさまキャラクターに憑依するがごとく、レヴァーを操作する鑑賞者は、谷口自身でもあり谷口を操作する自分自身でもある、という状態に置かれることになる。谷口はVR空間における主体の曖昧性を浮き彫りにすることで、「“わたし”というゴースト」をヴァーチャル空間内に出現させるのだ。

自分が見ていない世界は存在しない?

数分ごとに変化していくシーンは、どこかの森や港町から、惑星に降り立ったような夜の砂漠、谷口の自室まで、とめどなく頭の中に浮かんでくる風景のように脈絡がない。

「VRの世界では、鑑賞者が世界の中心にいるかのように、そのとき見えるシーンをリアルタイムでレンダリングしています。そのとき、遠くや背後にあって見えないオブジェクトは“なかったことにする”、つまり表示を省くことで計算効率を上げているんです。でも、現実世界はそうではない。当たり前のことですが、自分がいなくてもモノは存在しています。

しかし、VRの画面内は、一人称の視線をつくると同時に、複数の視線を重なり合わせたマルチな世界をつくることだって可能です。ぼくたちは同じ場所にいても、違うものを見ていることは多々ある。そうした世界の認識のズレが、VRの登場によってさらに浮かび上がってくると思うんです」(谷口)

特徴的なのは、空間の各所に浮かび上がるテキストだ。谷口が日頃から考えたり感じたりした内容や、小説の引用などがランダムに表示されていく。

「意識していたのは、コンクリートポエトリーという手法。これは、ただ紙の上に詩を記載するのでなく、現実の土地や場所にテキストを配置していくやり方なのですが、ヴァーチャルの3D空間でその表現が更新できると考えました」

谷口がテキストを辿って思索するのは、わたしたちのリアリティのありかだ。

「小さなころ、『自分のいる世界は偽物かもしれない』と思ったことはありませんか? または、腕や足が痺れてまったく動かせなくなったとき、まるで死体を触っているような感覚に陥ることがあるでしょう。そのとき、自分の一部だと思っていたモノが、ただの肉の塊だったと気付く瞬間があります。現実でもVRの世界でも、ぼくたちのリアリティはちょっとのズレですぐに剥がれ落ちてしまう。ぼくはその“ズレ”に興味があるんです」

「アート作品を鑑賞するという行為自体が、作者とまなざしを共有することだと思うんです。ぼくは、鑑賞者を個性のない普遍的な人間ではなく、まるで『ぼくでしかありえない』という人物に想定したかった。作品が要請する主体を、複雑で混沌とした人物に設定したかったんです」(谷口)

こうした「ハッキングの魔法」は、見ることについて疑いつつ、独自に考えを深めてきた谷口だからかけられるものだ。

「ハックという言葉にはさまざまな解釈がありますが、プログラミングを駆使した人物が、ハッカーと呼ばれることは多々あります。しかし、ハッカーの究極の姿は、コードを1行も書かないことかもしれません。かつて伝説のハッカー、キャプテン・クランチ(ジョン・T・ドレイパー)は、コードを1行も書かず、2,600ヘルツの音だけで電話会社の内部認証システムに入り込み、電話回線をハッキングしました。

大事なのは、ものごとの構造を知り、メタレベルの視点をもつこと。たとえばプログラミングやコンピューターにおいて、その仕組みをよく理解すればするほど、ハックへの気付きが高まると思います。

たとえばVRというシステムは、人間の夢を見るという脳の機能が外部化したものだと捉えることもできます。『いまここにないもの』を想像すること、その一部を、これからはコンピューターが肩代わりできるようになる。そうしてヒマになった人間たちが、新たな想像力を発揮していけば、もっと面白い表現が生まれると思っています」

2013年から『WIRED』日本版が開催しているアワード「CREATIVE HACK AWARD」。受賞者のなかから、クリエイティヴシーンで活躍する逸材も生まれている本アワードが、今年も作品の募集を開始。「日常をハックせよ!」をテーマに、あらゆる領域における「新たなクリエイティヴ」を受け付けています(応募締め切りは16年9月30日)。好評を博している「オープンセミナー」は、第3回が8月31日に開催決定(イヴェントの詳細)。

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