トイレへの愛は、アフリカの社会を変革するか──山上遊

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No.032
トイレへの愛は、アフリカの社会を変革するか
──山上遊

幼いころに頻尿になった経験から、自らの安らぎの場所としてトイレを見つめ続けてきた。いま、その思いの延長線上にあって、ケニアの地にトイレを提供すべく奔走している。だが、日本とケニアでは、そもそもトイレへの価値観はまったく異なる。彼女の試行錯誤は、未知の可能性を切り拓く。

山上遊|YU YAMAKAMI
株式会社LIXIL Social Toilet部。1978年生まれ。東京都立大学大学院工学研究科(現首都大学東京)を修了後、旧INAX(現LIXIL)に入社。トイレ工場の生産管理に携わる。 2012年、NPO法人「大ナゴヤ大学」主催の授業で、トイレをめぐる知見を講義。トイレの在り方を見つめ直した結果、開発途上国のトイレ事情改善を志し、社内で転属、ケニアへ。現在は「循環型無水トイレ」普及のためのプロジェクトに傾注している。

彼女はインタヴュー中、トイレへの愛情をノンストップで語り続けた。取材が終わって、ぼくたちを見送ってくれるエレヴェーターの扉が閉まるその瞬間まで、彼女の溢れる思いは止まらなかった。話しても話しても、まだまだ語るべきことがある──そんな気持ちが言外に伝わるほどの、トイレ愛。

彼女が所属するLIXIL(リクシル)は、2008年から現在まで、水を使わずに排泄物を安全に処理・再資源化する研究と開発に取り組んでいる。日本の地方やアジアでの実証実験や調査を進めるなかで、その技術が適用されるべき場所としてスポットライトがあたったのがケニアである。急激な人口増加と都市集中化が進み、下水道などのインフラ整備が後手に回るなか、トイレを中心にした衛生状態が悪化していたのだ。

そのプロジェクトの一員として、見ず知らずの地に飛び込んでいったのが彼女だ。自らの信念を、トイレに対する価値観がまったく異なるケニアの人々に届けるには、想像以上の困難が伴った。しかし、それでも愛は止まらない。止まらないからこそ、彼女はその愛の“伝え方”を考え抜き、社会変革にまで結びつくようなイノヴェイションを達成し続けている。

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──トイレを起点にしてケニアの地域社会に深くコミットしていらした山上さんですが、いまはどのような日々を送っていらっしゃるのですか。

2013年から現在まで、ケニアにトイレを普及させるプロジェクトに一貫して携わっていまして、具体的には「循環型無水トイレ」というシステムを提供するというプロジェクトを進めています。上下水道のインフラもなく、排泄物を処理するような仕組みもないという地域に、水を使わず、かつ安全に排泄物を処理できるシステムをつくることで、人口が現在増加し続けている都市郊外へ主にアプローチしています。

──「循環型」というのは、どのようなシステムなのでしょうか。

排泄物を人体や自然に対して無害な物質にしただけだと、そのまま溜まっていって、結局は単なるゴミの山になってしまう。循環型無水トイレは、無害になったものをきちんと価値あるものとして自然に戻すために、肥料として土に還していくシステムです。

ただ、「人間の排泄物を処理した肥料を使う」という時に、次のハードルがあるのです。ケニアを含めたアフリカではそうした習慣がないので、最初は強い忌避感を抱く人も多いんですね。デモンストレーションイヴェントを開催したり、一緒に農業をやって肥料の安全性を確かめてもらったり、といった取り組みも並行して行っています。

──さまざまなハードルがあるのですね。

わたしは、技術者ではないんですね。日本の研究開発チームが積み上げてきた成果としての技術やシステムを、ケニアの地域社会に効果的に導入するのがわたしの役割なんです。ここで重要なのが、トイレを根付かせるために、「ビジネスとして成立させる」地点を目指すこと。日々、文字通り走り回っています(笑)。

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──“ビジネス”として成り立たせなければ継続しない、という明確な指針が特徴的ですね。

都市部のスラムで、学校にトイレを設置するプロジェクトにも携わっているのですが、じつは至るところに、使われなくなったトイレが放置されているんです。これはかつて、“寄付”として置かれていったトイレです。設置して、良かったと言ってみんなで写真を撮影して、それでおしまい……わたしのいるLIXILは、そうなりたくないんです。

循環型無水トイレは回収から肥料化までも含めたシステムですから、より継続性が重要になってきます。回収する人の心理的な負担も減らさなければ、継続的に利用できません。私たちのトイレでは排泄後に手動のスクリューを回すと、おがくずと排泄物がしっかり混ざります。臭いや外観が変わることで、回収する人が「排泄物を回収しているのだ」という抵抗感を減らす工夫もしました。

──ケニアのスラム街では、排泄物を袋に入れて戸外に投げ捨てる「フライング・トイレット」という習慣があると聞いて驚きました。現地に行かれて衝撃を受けられたのではと思いますが、これも大変深刻な理由があっての習慣のようですね。

都市部のスラムや田舎を中心に、「フライング・トイレット」はいまもって普通に行われています。何よりもまず、セキュリティの問題なんですね。上下水道のインフラが整備されていないエリアでは、いわゆる“ぼっとん便所”がつくられるわけですが、どうしても臭いが出るので、敷地内でも家から離れた場所につくる。すると、たとえば夜中に女性が用を足しにいったときに性的被害を受けてしまう、というケースがあとを絶たないんです。

怖いので、夜は家の中で用を足してしまう。そして排泄物を入れた袋を戸外に投げ捨てるので、公道が排泄物だらけになっています。これには文化的な背景もあって、ケニアでは、自分の土地が綺麗であればいいというのが一般的な感覚なので、排泄物だけではなく家から出たゴミも目の前の公道やドブに捨てるだけ。

とてもよい人たちなんですけど、こうした決定的な価値観の違いはある。それを踏まえず衛生問題を訴えても、そりゃ届かないよな、と当初は感じました。「サニテーションは大事だね」とその場では同意してくれるんですが、お金を払ってトイレを買うという行動にはなかなか繋がらない。衛生問題を解決しなきゃいけない、だって人々が苦しんで、困っているはずだから──と思って現地に行ったら、想像していた状況とまるで違っていたわけなんです。大きな目で見れば、もちろん苦しんでいます。衛生状況が原因で下痢になっている人もいますし、亡くなる子どももいるんですが……トイレがないという環境を“当たり前”として受け入れている人々と対峙して、最初のうちは、自分がきれいごとを言っているんじゃないかという気持ちも沸き上がりました。

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──目の前の衛生状態と、病気になったり子どもが死亡してしまったりする事態の因果関係が明確に意識されていないのでしょうか。

いえ、因果関係は分かっているんですが、現地の人たちと話していると、わたしたちと比べて、物事を考える“スパン”がすごく短いなと感じる時があります。わたしたちが年単位で考えるところを、彼らは明日、明後日のことまでしか心配しないような状況があるんです。隣の家の子どもが下痢で死んだという現実と、自分の子どもが死ぬ可能性は明確に結びつかない。自分の子どもが1カ月後に必ず死ぬといわれたら彼らは手当てをするんだけど、1年後に死ぬかもしれない、と言われても…。

──可能性の時点では行動に結びつかない、と。そのなかでトイレを普及させるというのは、とても困難であることは想像できますし、トイレが“押し付け”になってもいけないわけですよね。文化的な価値観の違いも踏まえて、普段どのようなことを意識されていますか。

すごくいやらしい言い方をしてしまうと、やっぱり現地の人にとっては“お金の問題”でしかないということに行きついたんです。何にいちばん困っていますかと聞くと、トイレなんて絶対に出てこない。食べ物だったり、子どもの学費や、仕事を得るための携帯電話だったり──すべてはやっぱりお金の問題になるんです。

そのなかで、衛生問題を解決したいといった“きれいごと”を並べても、そのトイレにお金を払いますかと聞かれたら、彼らとしては「NO」なんですよ。わたしたちにとっては、臭いが少ないといった、より快適なものにお金を払うという行為は当たり前かもしれない。しかし、開発途上国で裕福でない人たちは、快適性に対してお金を払わない。だからどうしても、最初は提供者側のエゴが出てしまうんですね。

衛生問題を解決したい、というわたしたちの意識は変わらないですし、ビジネスとして成り立たせなければ、その普及が達成できないという見通しも変わらない。そのためにこそ、ローカルの人たちに対しては衛生問題を前面に押し出さず、「ぼっとん便所の月々のヴァキュームカー代がこれだけ安くなりますよ」「穴掘り代も抑えられますよ」など、目に見える金銭的な変化を伝えています。それで導入が進み、わたしたちが夜中に目が覚めてトイレに行くのと同じ感覚で用が足せるようになって、結果的に衛生問題が解決されればいいな、と。

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──目標設定は変えず、しかしユーザーにとってふさわしい、ローカライズした条件や設定を提示してあげる、ということなんですね。イノヴェイション一般を考えるうえでも興味深いです。最終的な目標にしがみついていたら物事が進まない、と。

そのうえで、きちんとメッセージも伝えていくんです。もはや、トイレとは呼ばせない、これはコレクション・ポイントなんです、と訴え始めてもいます。それも、waste(ゴミ)を集める場所ではなく、肥料にするためのmaterial(原料)を回収する場所なんです、という言い方をしているんですね。現地の人も、おお、そうかそうかと面白がってくれています(笑)。

サニテーションというのは、息の長い問題なんです。1年で解決、なんて絶対にできない。しっかり現場に居続けて、このトイレは完成品じゃない、一緒に完成までもっていかなきゃいけないんだ、と伝えています。現地の人々と一緒に磨き上げていく、つくり上げていく、そのために諦めない姿勢を見せ続ける──というのが、すごく大事なんですね。

──個人的なトイレへの強い興味が、社会的な意義をもったプロジェクトへと開花していくきっかけは何かあったのでしょうか。

トイレはずっと好きだったんですが、NPO法人が主催する講座で、受講者にトイレについて教える授業を名古屋で行ったことがありまして。世界のトイレについて学び直す機会を得たんです。その時に、世界の人口の約3分の1の人々が、衛生的なトイレがない環境で生活していることを知りました。それまでは、自分が好きな水洗トイレを世界に売るんだ、というのが使命だと思っていたんですが、開発途上国では役に立たないと大きなショックを受けてしまいました。

──好きな“トイレ”という概念の、範疇が狭かったということなんですね。

そうですね、日頃トイレが大好きだと言っているくせに、その人たちのことを見ていなかった。恥ずかしささえ感じました。そのタイミングで運よく社内で、開発途上国向けのプロジェクトを進めている研究所のことを知り、異動できたんです。移った最初の月には、ケニア出張に向かっていました。

トイレへの根本的な思いは変わっていません。わたしはトイレがないと生きられない。すごく大事な存在で、トイレがないと手が震えるくらいなんですが(笑)、わたしにとっては排泄の場所である以上に、精神的な安らぎの場所なんですね。逃げ出したいことや怒りたいことがあると、絶対トイレに行くんです。安らぎの場所としてのトイレを、世界中の人たちが手に入れてもらうために、この循環型無水トイレがあるのだと考えています。大きな企業の中で行っている小さなプロジェクトですが、気持ちはヴェンチャー企業のつもりで、仲間である社員や、現地のユーザーを巻き込みながら、アプローチし続けたいと思います。

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