安全地帯から踏み出すこと、過去に囚われないこと:アイトア・スループが語るクリエイティヴィティ

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2016年10月11日に開催された「Decoded Fashion Tokyo summit 2016」のクロージングインタヴューで、弊誌編集長の若林恵がアイトア・スループにそのクリエイティヴィティについて問うた。冒頭で、若林はスループを次のように紹介している。「彼は自分のことをファッションデザイナーだとは思っていない。ストーリーテリングのもとジャンルを横断したプロダクトをつくり、フィジカルのもつ意味を探求しているクリエイターだ」

TEXT BY MIREI TAKAHASHI

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アイトア・スループ|AITOR THROUP
1980年、アルゼンチン・ブエノスアイレス生まれ。アーティスト、デザイナー&クリエイティヴディレクター。マンチェスター・スクール・オブ・アートおよびロイヤル・カレッジ・オブ・アートでメンズファッションを学ぶ。英ナショナル・フットボールチームのユニフォームデザイン(Umbroとの協業)や、映画『ハンガーゲームFINAL:レジスタンス』『ハンガー・ゲームFINAL:レボリューション』の衣装デザイン、ロックバンドのカサビアンやデイモン・アルバーンのアルバム・アートワークやPVディレクションなどを務める。2012年からは、「New Object Research」を、ロンドンコレクション:メンで発表している。PHOTOGRAPH COURTESY OF DECODED FASHION

若林恵(弊誌編集長、以下若林):まずは、クリエイターとしてのキャリアに身を捧げるようになった経緯を教えてもらえますか?

アイトア・スループ(以下スループ):子どものころから絵を描くことが好きで、よく、架空のキャラクターをデザインして遊んでいました。当時から、自分のつくるものにストーリーを与えることに興味があったんです。

例えば、これは「When Football Hooligans Become Hindu Gods(フーリガンがヒンドゥー教の神々になるとき)」というコレクションのスケッチなのですが、当初はヒンドゥー教の神、ガネーシャをモチーフに作品をつくろうとしていました。ですが、それらを英国サッカー界における差別問題やフーリガンに関連づけたらどうなるだろうと思いついたんです。というのも、ぼくはアルゼンチンで生まれ、スペイン・マドリッドに移住し、その後、10代から英国に住んでいたので、自分の人生には、常にサッカーがあったわけです。英国では自分の周りにもフーリガンがいて、彼らが着ていたStone IslandやC.P. Companyの服に魅力を感じました。

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‘When Football Hooligans Become Hindu Gods’, New Object Research 2013 sketch.

サッカーといえば、フットボールブランド、Umbroとイングランド代表のユニフォームをデザインしました。彼らとはその後も「Archive Research Project」というコラボラインを発表しました。これは、過去のクラシックかつアイコニックなデザインを新しい切り口で再発明するというものでした。いまは、アパレルだけではない分野でもデザイン活動をしています。

若林:いつも領域を跨いだ仕事をしようと考えているのですか?

スループ:そうですね。例えば、カサビアンのアルバム『48:13』のプロモーションでは、ミュージックヴィデオ(MV)の監督も担当しました。このころから、ぼくのスタジオにグラフィックデザイナーやエディターがやってきて、ファッションとは関係のない作品をつくるようになったんです。でも、ぼくにとっては、ファッションもMVも、ストーリーテリングという意味で同じ仕事です。

『48:13』からシングルカットされた「eez-eh」(2014年)。スループはコンセプトとディレクションを担当。

若林:自分の安全地帯ではない領域へ踏み込むとき、困難に思うことや問題に直面することはありましたか?

スループ:いちばん大きな問題は、むしろ自分が慣れ親しみ安心できる場所にい続けることにあります。自己満足に陥らないように、そして過去の経験にとらわれないように、常に新しいアイデアを探し続けないといけません。

カサビアンのプロジェクトのあとで、デーモン・アルバーンのソロデビューとなったシングル『Everyday Robots』のMVも監督しました。彼の生きたポートレイトを描こうと、CGIソフトウェアと彼の頭蓋骨のスキャンを使いました。頭蓋骨のスキャンに、デジタルの粘土を彼の顔の特徴に合わせて乗せていくわけですが、これが最終的に、彼の肖像になるというアイデアです。

デーモン・アルバーンの「Everyday Robots」のMV(2014年)。

スループ:もともとは友人を介してデーモンと知り合ったのですが、その後、彼の方からアルバム制作に協力してほしいと依頼がありました。けれど彼は、チャリティアルバムのレコーディングのためアフリカのコンゴ共和国に行かなければならず、時間もなかったので、ぼくも突如コンゴに同行することになったんです。そこでデーモンやチームと意気投合し、MVだけでなく彼のアルバム全体のクリエイティヴディレクションに携わることになりました。

若林:クリエイティヴにおいては、最終的な結果よりも制作のプロセスに対する関心の方が大きいですか?

スループ:そうですね。ぼくは“本物”に興味があります。これまでとは異なるプロセスを経てつくったものは、自ずと新しいものになる。そうしたプロセスが、プロダクトの内側に秘められた価値だと思います。なかでも、ぼくは解剖学的なプロセスに関心があります。衣服の解剖、MVの解剖、肖像画の解剖、色んなシステムを解体することで現れる、さまざまな部品や構成要素を再構築することに興味があるんです。

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Flying Lotus Death Veil Mask. Photograph by Neil Bedford.

このマスクは、大好きなミュージシャン、フライングロータスのためにつくったものです。

彼とコラボレーションをする過程で、ネクタイもつくろうということになりました。彼はぼくと似ていて、子どものような人です。ふたりともバットマンが好きで、洋服はすべておもちゃだと思っているふしがあります。おもちゃのように遊ぶことができるし、何かしらの意味がある。そして、何かを表現している。これがとても重要なポイントです。

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The Hunger Games (Mockingjay Part 1 & 2) D13 combat uniforms. Castor & Pollux collapsible helmet and articulated backpack. Design by Aitor Throup. Illustration by Phillip Boutte Jr.

スループ:映画『ハンガー・ゲーム』の衣装デザインも担当しました。2人の登場人物のためのコンバットスーツがそれです。

若林:小さいころのキャラクターデザインの話にもつながりますね。

スループ:そうですね。この仕事は、キャラクターに息を吹き込むという、すごく面白い体験でした。衣装のデザインによって、キャラクターをネクストレヴェルに引き上げられるという実感を得ることができました。このヘルメットはフードのように、たたむとバックパックの一部になります。

最新のコラボレーションは、G-Star RAW(以下G-Star)との仕事です。これは11月に発表される予定ですが、G-Starのなかに、デニムの新しい可能性を探究する「RAW Research」というイノヴェイションラボをつくったんです。イノベイションによって生まれたデニムを、未来に向けてどう再革新できるかを実験する場所です。これらコラボレーションに加えて、自分のブランド「New Object Research」もあります。

若林:「ブランド」と呼んでいらっしゃるんですね?

スループ:ええ、ある意味ブランドです。あるいは、ブランドというよりも“ラボラトリー”といえるかもしれません。アーティスティックな創作活動と問いの設計、そしてプロダクトのイノヴェイションというプロセスが合体したようなものです。

ぼくは長年、このプロセスに強いこだわりがありました。自分がつくるものすべて、そしてその過程すべてに、意味を与えなければならないと思い続けてきたのです。それは、非常に窮屈で息が詰まるような概念的なボックスに自分自身を押し込めるような行為でもありました。

例えばこの写真にある「On the Effects of Ethnic Stereotyping」のデザインもそうでした。

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New Object Research 2013. Photograph by Mads Perch.

スループ:2005年にロンドン同時爆破事件があった際、黒いバックパックを背負ったブラジル人観光客が、テロ対策の警備をしていた警官に誤って射殺されました。テロリストが黒いバックパックに銃火器を入れているというステレオタイプがあったためです。

でも、ぼく自身、ユニフォームのように毎日黒いバックパックを持ち歩いていますし、黒いひげを生やしてもいます。一見、テロリストに見間違えられてもおかしくないし、実際に「怪しい奴だな」と、あからさまな疑いの視線を浴びたこともあります。

黒いバックパックというアイテムが、政治的に象徴的な意味をもっている──そう考えたぼくは、黒いバックパックを「不正確で的外れの脅威」のシンボルにしようと思ったわけです。死や脅威、あるいはテロの世界共通のシンボルはドクロですが、このバックパックのデザインは、ドクロを逆さまにしたものです。間違った見方をすると、死のシンボルになってしまうという警告の意味もあります。

ぼくは、誰も見たことのない新しくユニークな世界をオーディエンスに差し出したかったし、妥協なく完璧なものをつくりたかったのです。

若林:完璧であることは、あなたにとって重要なことですか?

スループ:とても重要です。コンセプトを完璧に具現化しなければいけないし、誰かに買ってもらう商品にふさわしい完璧なクオリティに仕上げる必要があります。でも結果的に、ぼくは完璧であり続けることに息が詰まってしまったんです。パニックになり、気持ちが落ち込み、仕事に手がつかなくなってしまったんです。

けれどその後、目の前が開けた瞬間がありました。2015年2月13日、夜の10時半、列車の中。鮮明に覚えています。

そのときぼくは、車中で書き物をしながら「なぜ自分はこんなに不幸せなんだろう? なぜこんなにも過去につくってきた作品に囚われているんだろう?」と考えていました。

これまで制作してきた自分の作品には自信がありました。さまざまなプロセスやマニフェストなど、そこにはぼくの過去の軌跡がすべて詰まっている。けれど、いちばんの問題は自分自身だったんです。自分がつくってきた古い作品に囚われてしまって、窒息しかかっていたんです。

けれど、ふと、こう思ったんです。これまでぼくを捉えていた「窮屈で息が詰まるような概念的なボックス」よりも、もうひとまわり大きなボックスをつくればいいんだ、と。しかも、わざわざ新しいボックスをつくる必要はなくて、すでにある小さなボックスを組み合わせて、大きなボックスにすればいいんだ、と。

そう考えたとき、ふっと肩の力が抜けました。今度こそ、真の意味で自分のブランドをもってもいいんじゃないかと思いました。自分をストーリーテラーだというならば、ショーそのものを自伝仕立てにすればいい。自分自身に閉じ込められ、鬱になり、そして再生したストーリーを語ろうと思ったんです。そうして完成したのが、最新作である「The Rite of Spring」です。

モデルを使わずに自己表現をしたかったので、1年ぐらいかけて、自分の身体を3Dスキャンして等身大のパペット(人形)をつくり、人形遣いのプロたちに、ぼくと同じような歩き方を再現できるよう操作してもらいました。

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The Rite of Spring/Summer/Autumn/ Winter’, New Object Research 2016. Photograph by Nigel Pacquette.

スループ:教会を会場にしました。ショーが進むにつれ、無意識と覚醒を表すように、徐々に黒から白へと変化していきます。途中、このパペットが完全に真っ白の状態で登場するシーンがあり、その後、一瞬輝いたのち、チャクラがステージ上で銃声のような音を出して爆発するんです(笑)。こうしてぼくは、自分の人生を劇化したわけです。

若林:このショーには、再生や復活といった「希望」が感じられますが、同時に、ちょっと怖いイメージもあります。でも、それがあなた自身ということですね?

スループ:そうですね、人は誰もがダークサイドをもっていますから。これはある種、お祓いの儀式でした。

若林:自分が本当にやりたいと思っていたことに到達されたわけですね。あなたは服というものを、どう捉えていますか? 服にはイノヴェイションの可能性がありますか?

スループ:3Dプリンティングや無縫製の服を実現するテクノロジーはポテンシャルが高いと思いますが、正直なところ、ぼくはテクノロジーそのものへの関心が以前よりも薄れてきているといわざるをえません。

若林:なぜですか?

スループ:テクノロジーは素晴らしいと思うし、受け入れてもいますが、だからといって、技術的な競争とは距離を置きたいのです。それよりも、フィジカルなものに内包される価値を再発見することの方が、ぼくにとって大切です。人形のように動かないものに命を与えることに関心があるんです。

ぼく自身、3Dスキャンや3Dプリンティングなどのテクノロジーの恩恵を享受する一方で、率直にいうと、VRのヘッドセットを着けるよりも、人形遣いたちがパペットを動かすことで命を吹き込むという集団的なエネルギーを目撃することの方が、ワクワクします。

若林:あなたの作品には、常に社会政治的なテーマがあるように思います。そうした社会政治的な事象は、あなたの仕事にどんな影響を与えていますか?

スループ:ぼくはクリエイター、つまり、創造する人間として倫理的な責任を感じています。何かをつくるときには、それが新しくて、これまでとは異なる視点を携えたものである必要があると思っていますし、作品を通じて、社会に対し何かしらのステイトメントを発信しようとしているんだろうと思います。たとえば、ハリケーン・カトリーナ罹災後のニューオリンズの対処がいかにマズかったかといった社会的な出来事について、アートを通じて問うているということです。HIP HOPアーティストが音楽を媒介にそうしているように、アートという媒体を使って自己表現することができると考えています。

若林:最後の質問ですが、ご自身をどう定義なさいますか? なぜご自身をファッションデザイナーと呼びたくないのでしょう?

スループ:ぼくは、プロダクトデザイナーとアーティストの間ぐらいにいると自覚しています。問いをつくり、それを解決する、その行為の繰り返しです。

これはあくまで一般論ですが、ファッションデザイナーの仕事とは、ヴィジョンをつくることだと思います。彼らは実際の制作が始まる前に、すでに最終的な製品のイメージをもっていて、つまり制作のプロセスとは、そのヴィジョンに近づこうとする行為です。

一方、ぼくのデザインプロセスは少し違います。最終的にどうなるか、分からない状態から始まるのです。プロダクトデザインは、ある問いや問題を解決するための行為であるといえると思いますが、解決すると、また新しい問題が出てくる。その繰り返しです。そのとき、ぼくはどちらかというとキュレイターの役割を果たすわけです。

若林:結果はそれほど重要でないということですか?

スループ:いや、結果も非常に重要です。けれど、最終的な結果を決めるのはぼくの意志ではありません。ぼくはあくまでドライヴに過ぎない、ということなんです。

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アイトア・スループへとの対談をはじめとするセッションが繰り広げられた「Decoded Fashion Tokyo summit 2016」。その内容は、2016年12月10日発売予定の雑誌『WIRED』日本版VOL.26でもレポートする予定。ぜひ楽しみに! PHOTOGRAPH COURTESY OF DECODED FASHION

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