科学者たちが予測できないでいる、南極の「ある異変」

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南極の棚氷「ラーセンC」の割れ目が約145kmに拡大し、あと20kmほどで完全に分離するところまで来ているが、それがいつになるかは不明だ。棚氷崩壊の予測はなぜ難しいのだろうか。

PHOTOGRAPH BY JOHN SONNTAG/NASA/AP
TEXT BY NICK STOCKTON
TRANSLATION BY MAYUMI HIRAI/GALILEO

WIRED(US)

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「ラーセンC」の割れ目を空撮。2016年11月10日撮影。

南極で働く科学者たちがこの数カ月間、職務上の魅力と個人的な恐怖が入り混じる思いで見つめているのは、南極大陸で4番目に大きな棚氷で拡大しつつある「割れ目」だ。

2016年11月以来、その割れ目は約145km長くなった。あと20kmほどで完全に分離して、デラウェア州と同じくらいの大きさの氷の塊がウェッデル海に流れ出すことになる。この氷山の分離は、マサチューセッツ州の2倍近くの大きさがある棚氷「ラーセンC」全体が分離しつつある兆候を示している可能性がある。

一方で、これが何も意味しない可能性もある。ラーセン棚氷とは反対側にあるアメリー棚氷では、科学者たちが、「Loose Tooth」(抜けかけの歯)と呼ばれる、分離しかかった氷山の監視を15年間続けている。

「もうひとつがロス棚氷にあり、いまにも離れていきそうなので“Nascent”(生まれかけ)と呼ばれています。ただ、そのように名付けられたのはかなり前のことです」と述べるのは、米航空宇宙局(NASA)の雪氷圏科学研究所(Cryospheric Sciences Laboratory)で大規模な氷の活動を専門とする地球物理学者のケリー・ブラント博士だ。要するに科学者たちは、棚氷がどのような動きを見せるかを予測できないのだ。いったん分離した氷山がどのように融けるのかも予測できない。氷や水は複雑なものであるうえ、南極という極限状態では、それらの動きに関するデータを集めることも難しいのだ。

コップに入れた水に氷を浮かべたとする。この氷が崩壊するのにどのくらいの時間がかかるかを予測し、計測してみよう。もう一度。さらにもう一度。温度管理された部屋の中で、まったく同じ大きさの氷を使ったとしても、氷が融ける速さを計算するのは非常に難しい。これは、室内の空気の循環や、氷に含まれる気泡があるためだ。

この氷を、米国北東部にある小さな州ぐらいの大きさに拡大して、潮流が循環する湾に浮かべ、天候にさらしてみよう。氷ひとつとっても計算は不可能だ。棚氷の始まりは氷河であり、氷河の始まりは雪だ。雪が堆積すると、固まって氷になる。「大きな塊のすべてにおいて、内部の密度に幅があります」とブラント博士は説明する。しかもこの氷は純粋ではない。生物や砂、土など、外界にあることが予想されるあらゆる汚れが大量に含まれている。「これらすべてが、時間とともに氷が融ける様子に影響を与えます」

さらに海の潮流も考慮しなければならない。氷山と同様に、棚氷の90パーセント近くは水中にある。棚氷が海面に接するところについては波が崩していくが、海中の潮流も、海面下数百メートルにある氷を削り取る。棚氷は非常に深いところまで沈んでいるため、幅広い温度にさらされている。下の方は、海面に近い氷よりも速く融ける可能性がある。融けるプロセス自体も計算が困難だ。塩辛い海水とは氷点も密度も異なるからだ。「これらの理由により、多くのモデルが、氷山分離の実際のメカニズムを理解するのではなく、統計的なもの、比率に基づくものとして扱っています」とブラント博士は話している。

そのため、科学者たちは観察を続けるしかない。船を使うのが最善の方法だが、南極は船を出すには危険な場所だ。分離する恐れがある棚氷に船で近づくなんて、想像しただけでも恐ろしい。上空から飛行機で観察するという選択肢もあるが、費用が高くつく。そこで衛星の登場だ。オレゴン大学で南極海洋学を研究しているデイヴ・サザーランド准教授は、「立体視的な画像を使って、氷山の地形図のようなものを作成できます」と述べる。「1週間後または1カ月後に別の画像が得られれば、その場所がどのように変化したかについて何らかの見当がつきます」

サザーランドは、実際の棚氷とは別に、水の特性である融点や温度、塩分を測定するなどの間接的な方法を使って、融け方の追跡も行っている。これらの特性の変化は、最近になって融けた真水の量を示すからだ。

不吉なことに、棚氷の崩壊は続いている。ラーセン棚氷のうち最北部にあり、最も小さな棚氷であったラーセンAは、1995年に突然崩壊した。ラーセンBの一部も2002年に崩壊している。「棚氷は実際には浮いていて、すでに海面水位の計算に含まれているので、崩壊しても海面の上昇にはつながりません」とNASAのブラント博士は述べる。しかし、棚氷は氷河を支えている。そのため、棚氷がなくなると、陸氷が海に滑り落ち、氷が融けるという悪循環が生まれる。「棚氷を失うことは、爪先の白い部分を失うようなものです」とブラント博士は説明する。そしていったん氷河の分離が始まれば、爪のピンクの部分に次第に食い込んでいくというわけだ。実に痛そうなイメージだ。

氷山の分離は自然な現象だ。産業革命の影響で地球温暖化が始まった可能性があるとされるよりもかなり前の、18世紀の遠征捕鯨の航海日誌で、氷山の間を通って航行したことが報告されている。不自然なのは、陸地で新しい氷河が形成される速度と比較した時の、現在これらの棚氷が崩壊している速度だ。それはぞっとするほど速いのだ。

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