鑑賞者は、マッサージされる──パフォーマンスアートの最先端とダダイズム生誕の地を訪ねる

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アートの歴史とは、権威に対する否定の歴史でもある。20世紀初頭にスイス・チューリヒで生まれたダダイズムはその象徴だ。2016年にその生誕の地で行われた、最先端のパフォーマンスアートをレポート。

PHOTOGRAPHS & TEXT BY RYOHEI NAKAJIMA

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チューリヒのキャバレーヴォルテールで行われた、スウェーデン人アーティスト、アナシタシオス・ロゴテティスによるパフォーマンス『LOGOTHERAPY』の様子。参加者は服を脱ぎタオルを腰に巻きロゴテティスのマッサージを受けたあと、ノートを前にテキストを残すことが求められる。

ドイツ、イタリア、フランスなど並み居るヨーロッパの大国に影響を受けながらも、独自の文化を世界に発信し続けているスイス。今回取材を行ったのは、音響アーティスト、3つのスタートアップ、そして強化義体世界大会・サイバスロン。あらゆる分野でイノヴェイションを生むスイスを、スイスたらしめているものを探る。Vol.26の詳細はこちらから

「聖地」で行われたマッサージ

いまから約100年前の1916年、チューリヒ旧市街に位置するキャバレーヴォルテールで、ダダイズムは産声をあげた。その背景には、機械化、大量生産を目指す近代社会への疑問、そして史上初となる世界大戦で引き起こされた大量殺戮に対する猛烈な抵抗感があった。第一次世界大戦の戦禍を免れ、既存の価値観を無にして破壊したいという衝動をもった詩人やアーティストが、このキャバレーに集まり日々議論を行い、「ダダ」といわれるムーヴメントを生み出した。

2016年にスイス・チューリヒで6月11日から9月18日まで開催された現代アートビエンナーレ「MANIFESTA 11」の会期中、そのキャバレーヴォルテールは最先端のパフォーミングアートが行われる会場となっていた。そのうちのひとつ、スウェーデン人アーティストのアナスタシオス・ロゴテティスによるパフォーマンス『LOGOTHERAPY』(ロゴセラピー)は、数あるプログラムのなかでも異彩を放っていた。2階に上がると、そこはバーとして通常営業している。しかし、その奥の部屋で、ロゴテティスによる「治療」が行われる。鑑賞者は文字通り自らの体で、作品を体験することになる。

「服を脱いで、このバスタオルを腰に巻いて待っててくれるかな」

綺麗に折りたたまれた大きなバスタオルを渡され、ロゴテティスはいったん部屋を出る。服を脱ぎ、タオルを腰に巻いて診察台に座っていると、彼がワイヤレスのヘッドホンを持ってまたやってくる。

「ヘッドホンをして、そこにうつ伏せになってほしい。マッサージを始めるので、ただリラックスしててくれたらいい」

ヘッドホンから流れてくるのは、英語で話す女性の声だ。「ビーチのテントの下で目を覚ました」という自分の状況を描写しながら、自然や欲望、時間について、淡々と語りかけてくる。その一方で、鑑賞者の背中にはオイルが垂らされ、ロゴテティス自身がマッサージをしてくれる。肩甲骨の外側や腰骨の上を親指で押し、手を滑らせる彼のマッサージは本格的である。淡々と言葉を続ける女性の声も耳に心地よく、不覚にも眠ってしまいそうなほどにリラックスさせてくれる。

「若いころ、自分はアメリカのボストンで医学を学んでいた。卒業して医者になる予定だったが、大学でアートの講義を受けてみたら、そこから離れられなくなった。医学を学んだことと、このマッサージがどう結びついているのかはわからないが、科学や身体への興味が子どものころからあったのは確かだ。『LOGOTHERAPY』以前から、パフォーマンスを制作するベースには、自分の身体と他人の身体がどう接触するかへの興味があった」

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キャバレー・ヴォルテール脇での撮影に快く応じてくれたロゴテティス。撮影中、「この道の突き当たりに革命家のトロツキーが住んでいたらしい」と教えてくれた。

2012年にニューヨークで滞在制作をしたとき、初めて『LOGOTHERAPY』を発表し、それ以来メキシコやベルリンなど場所を移動しながら、参加者に1対1のセッションを続けてきたという。参加者は、30分のマッサージとヘッドホンから流れる女性の声が終わると、1冊のノートとペンが渡される。

「参加者は、マッサージによって触覚的にわたしと対話を行いながら、女性の声を通じてわたしが書いたテキストを耳で体験する。フィジカルとヴァーチャルが同居するコミュニケーションが、そこに生まれる。スピーディーな社会を生きる忙しい現代人にリラックスできるゆっくりした時間を体験してほしいと考えて、このパフォーマンスを計画したが、人によって反応がさまざまなところが興味深い。

だから、どんなテキストでもいいから、感じたことをみんなに書いてもらう。ゆくゆくはこのノートに書かれた内容を1冊の本にしたい。肯定的な感想でも批判でも、まったく関係ない詩の創作物を書く参加者がいてもいい。多様な言葉が集まることで、『LOGOTHERAPY』という作品が浮かび上がってくるはず。あらゆる反応にオープンであることが重要だと考えているので、1冊にまとめることでそれが伝えられたら嬉しい」

自身のパフォーマンスを、既存のアートを解体したダダイズム発祥の地であるキャバレーヴォルテールで行うことを、ロゴテティスはどう捉えているのだろう。

「ダダイズムの思想は、自分の制作においても重要な位置を占めている。というのも、現在、わたしはとてもマーケット志向の強いアート界を生きているからだ。ギャラリーの作品販売や企業とのタイアップの話をしているだけではない。美術館のキュレーターの多くがアーティストを評価するうえでも、いかに作品をうまく言語化し、プレスリリースにまとめられる作家であるかを重視している。ダダイズムはそこに対して明確に反対の立場を取った。鑑賞者を誘導するのではなく言語を破壊して、作品でステイトメントを伝える。そうした制作姿勢をいつも目指している」

  • Cabaret

    1/5バーとして営業されるキャバレーヴォルテールの2階。ダダイズムに関係したイヴェントや、先端芸術の発表の場としても機能している。

  • tba

    2/52017年9月16日にキャバレーヴォルテールで開催されたYoung Boy Dancing Groupによるパフォーマンス『tba』。ダンサーたちがお尻に緑のライトを仕込み、動きに合わせて緑色のレーザーが交錯する。インスピレーションは『攻殻機動隊』からだという。

  • Sing My Body Electric and Other Songs

    3/52017年9月3日に開催されたトビアス・ベルンストラップのライヴ『Sing My Body Electric and Other Songs』。映像や音楽制作を行い、自らパフォーマンスも行うトビアスは、ラバー製の衣装とハードなメイクアップで一人のキャラクターをつくり上げ、「イタロ・ディスコサウンド」を展開した。

  • The Flying Kitchen

    4/52017年7月14日に開催されたPCNC_BAY in cooperation with Lia Satzingerによるインスタレーション『The Flying Kitchen』。「アートとは何か?」という問いかけを活動の根底に、さまざまな素材で空間を変容させ、パフォーマンス作品の発表を続けるPCNC_BAYはマヌエル・シャイワイラー含む4名のアーティストによるユニット。食品を用いた表現を行うアーティストのリア・サッツィンガーとのコラボレーションで、パンや肉などを儀式的な空間に置き、来場者をパフォーマンスに招き入れる作品を発表した。

  • Fuchsia

    5/52017年9月17日に開催されたMaria Metsaluのパフォーマンス『Fuchsia』。エストニア出身の振付家でパフォーマーのマリア・メツァルは、自らの体のラインと動きを「草原」「島」「沼地」「森」「山」という5種類の地帯を撮影した3D映像の投影にシンクロさせる。自身の動きのなかに、壮大な自然をバーチャルに体験させることが狙い。

  • Cabaret

    Cabaret

バーとして営業されるキャバレーヴォルテールの2階。ダダイズムに関係したイヴェントや、先端芸術の発表の場としても機能している。

  • tba

    tba

2017年9月16日にキャバレーヴォルテールで開催されたYoung Boy Dancing Groupによるパフォーマンス『tba』。ダンサーたちがお尻に緑のライトを仕込み、動きに合わせて緑色のレーザーが交錯する。インスピレーションは『攻殻機動隊』からだという。

  • Sing My Body Electric and Other Songs

    Sing My Body Electric and Other Songs

2017年9月3日に開催されたトビアス・ベルンストラップのライヴ『Sing My Body Electric and Other Songs』。映像や音楽制作を行い、自らパフォーマンスも行うトビアスは、ラバー製の衣装とハードなメイクアップで一人のキャラクターをつくり上げ、「イタロ・ディスコサウンド」を展開した。

  • The Flying Kitchen

    The Flying Kitchen

2017年7月14日に開催されたPCNC_BAY in cooperation with Lia Satzingerによるインスタレーション『The Flying Kitchen』。「アートとは何か?」という問いかけを活動の根底に、さまざまな素材で空間を変容させ、パフォーマンス作品の発表を続けるPCNC_BAYはマヌエル・シャイワイラー含む4名のアーティストによるユニット。食品を用いた表現を行うアーティストのリア・サッツィンガーとのコラボレーションで、パンや肉などを儀式的な空間に置き、来場者をパフォーマンスに招き入れる作品を発表した。

  • Fuchsia

    Fuchsia

2017年9月17日に開催されたMaria Metsaluのパフォーマンス『Fuchsia』。エストニア出身の振付家でパフォーマーのマリア・メツァルは、自らの体のラインと動きを「草原」「島」「沼地」「森」「山」という5種類の地帯を撮影した3D映像の投影にシンクロさせる。自身の動きのなかに、壮大な自然をバーチャルに体験させることが狙い。

「破壊」という過去と、その未来

ロゴテティスのマッサージセッション以外にも、多くのパフォーマンスが芸術祭「Manifesta 11」に合わせて発表されていた。ロゴテティスのようなパフォーミングアーティストが登場する日もあれば、観客の自由参加枠が設けられている曜日もある。その全体のキュレーションを行ったのが、自身もパフォーマンスアーティストかつダンサーでもあるスイス出身のマヌエル・シャイワイラーだ。ロゴテティスを誘ったのも彼だという。既成概念にとらわれずに実験的な表現を行うヨーロッパ各地のラディカルなアーティストたちとコネクションをもつ彼が、音楽やコンテンポラリーダンスからロゴテティスのマッサージまで、さまざまな表現形態のパフォーマーに声をかけ、キャバレーヴォルテールのプログラムを構成したのだ。

「ダダイズムは100年前にここで生まれた。ただそれだけであって、芸術運動としてはもう終わったことだと思う。当時は、たしかに既存のものを破壊する素晴らしい運動だっただろう。しかし、過去の出来事の話だと考えていいんじゃないかな。だから、ダダが生まれたこの建物に新しい空間をつくって、そこからダダとは関係のない新しい表現を生み出すためのキュレーションをした」

ダダイズムにオマージュを捧げる作品はいまも生まれているが、それはダダが過去のものだからだとシャイワイラーは語る。

「今回のキュレーションをするうえでは、多様性をとにかく重視した。『パフォーマンスとは何か?』という問いに対して、あらゆる可能性を提示したかった。アマチュアもいればプロのパフォーマーや劇団員もいるし、ステージでトラディショナルなダンスをみせる人も音楽をやる人もいる。同性愛者などのセクシャルマイノリティが自己表現する場もつくり出したかった。自分はパフォーマンスアーティストであり、マイノリティの権利を主張する社会活動家でもあるから、そのステイトメントをここで打ち出したかったんだ」

彼が最近試みているのは、何とセックスフィルムの制作だという。ポルノとは異なる実験的な映像作品だ。ダンサーなどの身体表現をするプロフェッショナルで、性表現に対してポジティヴであり、アートの知見をもつ人に声をかけてこれまでに数本の作品を手がけた。アクロバティックなセックス、同性愛と異性愛の混交がそこには生まれている。

「ダンスやパフォーマンスが好きだし、セクシャリティに関して自分は意識的だ。だから、すべて男性によるゲイフィルムを撮ることもあれば、レズビアンとストレートの男性のセックスを描いたこともある。ヘテロセクシャルが当然、という一般社会のコンテクストに対しての批判を自分の作品に込めたいんだ。それは、今回のキュレーションで多様性を追求したことともシンクロする。一定の基準、枠組みに収まることに抵抗することがアーティストの仕事だと思っている」

ダダイズムは100年前に生まれた。そして、既存のアートの枠組みを破壊した。その発祥の地であるキャバレーヴォルテールは現在、バーとして営業しており、付近は観光地になっている。しかし、国際的なアートフェスティヴァル「MANIFESTA 11」のようなタイミングで、この場所がパフォーマンスプログラムの会場となったことは、幅広い層に新たな表現をアピールする意味で効果的なロケーション選択だったといえるだろう。

鑑賞者との1対1のセッションに、アートという定義付けを行うロゴテティス。エキセントリックな表現者たちと意識を共有しながら3カ月以上のプログラムをキュレーションしたシャイワイラー。今回取材した2人のように、既存のジャンルにくくられない表現を模索する作家たちが現在進行形で活動を続けており、本人が意識するか否かは別として、ダダの思想そのものは現在も確実に息づいている。既存の枠組みを拒むロゴテティスやシャイワイラーのような表現者がアートという領域を変容させていることが、その事実を証明しているのではないだろうか。

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キャバレーヴォルテールでのプログラムをキュレーションしたマヌエル・シャイワイラー。ホットパンツ姿がトレードマークの彼は、ドイツやオランダ、イスラエルでダンスを学んだ気鋭のアーティスト。自らのプロジェクト「Contemporary Cruising」では、WEBサイト上に、上演の様子を記録している。

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