「科学という保険」を見捨てたトランプと、そのオルタナティヴな解決策

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2017年5月にドナルド・トランプ米大統領が提出した2018年予算教書は、問題だらけだった。なかでも、科学予算の削減は米国の首を絞めることになるだろう。米政権の判断の欠点を指摘するとともに、「サイエンス・セーフティーネット」という構想を紹介する。

TEXT BY ADAM ROGERS
TRANSLATION BY KAORI YONEI, HIROKO GOHARA/GALILEO

WIRED(US)

PHOTO: GETTY IMAGES

ドナルド・トランプ米大統領が議会に提出した2018年予算教書は、政府が税金をどのように使うかを決定するものではない。大統領は提案だけを行い、決定するのは議会だからだ。しかし、安心するのはまだ早い。税金の使い道を直接決定するものではないとはいえ、この予算教書はトランプ政権の「統治の哲学」を示している。それは、強烈な悪夢のようなものだ。

その最たる例が、科学予算の削減だ。もはや国を挙げて科学研究を支援する必要はない、と明記されている。しかし第二次世界大戦以降、米国政府は科学を支援し続けてきた。米科学研究開発局のトップとして原子爆弾計画なども推進したコンピューター科学者ヴァネヴァー・ブッシュは、1945年の報告書「Science: The Endless Frontier」で以下のように述べている。「健康、福祉、安全が政府の関心事である以上、科学の進歩は政府にとって大きな関心事でなければなりません」。基礎研究は革新を生み、革新は米国経済の原動力になるのである。

ブッシュの主張の背景にあったのは、もし米国の企業や国民が進歩を追い求める過程で問題に直面したら、そうした問題もまた進歩によって解決できる、という概念だ。産業革命によって川や空気が汚染された? 問題ない。いずれ有害物質を出さない電力源が開発される。たばこを吸ったらがんになる? では、治療法を考えよう。抗生物質に頼っていたら、普通の感染症にまで耐性菌ができてしまう? 新しい抗生物質をつくろう。

科学の進歩はこのように、次々と押し寄せる自然の、そして人為的な災難を乗り越えてきた。問題が解決策を生み、解決策が問題を生む。これが延々と繰り返されるわけだ。

この政策は効果的だった。政策立案者が、過度の個人主義とそれに基づく過度の競争と、企業の均一化をうながすような集団主義のどちらについても抑え込もうとする必要がないためだ。事実、政府は個人と集団の双方を支え、科学研究がリスクへの防衛策となった。

言い換えれば、ブッシュは米国に保険をかけさせようとしていたのだ。

もう保険はいらない、とトランプは言う

保険の掛け金を投じた結果、もし何も起こらなければ? それは素晴らしい! 科学研究を行った結果、人々は賢くなったはずだ。何かが起きても、万全の備えがある。だからこそ、トランプ大統領の予算教書は、根本的な視点から見て愚かなのだ。未来への備えを忘れたか、そうでなければ未来を富裕層だけのものにしようとしているのだろう。

これは決して、基礎研究と応用研究の予算削減についてだけの話ではない。バラク・オバマ政権で米疾病予防管理センター(CDC)を率いていたトム・フリーデンもツイートしている通り、この予算教書は「あらゆるレヴェルで安全性に欠けている」。『ニューヨーク・タイムズ』の記事によれば、AIDS治療薬の予算が削減されただけでも、100万人の命が犠牲になりかねない。米国立衛生研究所の助成金引き下げは、学術研究が骨抜きになることを意味する。気象予報の精度も下がるかもしれない。

特に、規制や法律の施行にかかわるプログラム、国民を侵害や危険から守るプログラムの予算削減は影響が大きい。たとえば、米緊急事態管理庁の「洪水ハザードマップ・リスク分析」プログラムは1億9,000万ドルの削減になるが、気候変動を原因とする海面上昇によって浸水する範囲を予測できなくなる可能性がある。米国務省の「グローバルヘルス」予算が4分の1近くカットされれば、HIVや結核、マラリアは現在より急激に拡大するだろう。米環境保護庁(EPA)の法執行予算が1億2,900万ドル削減されたら、企業は汚染を続けるだろう。

トランプ大統領の予算教書の哲学とはつまり、米国にはもう保険は必要ない、というものなのだ。

米政府はリスクを理解していない

その理由のひとつは、そもそも彼がリスクというものを理解していないからかもしれない。

ペンシルヴェニア大学ウォートン校「リスク管理・決定プロセスセンター」の共同センター長を務めるロバート・マイヤーは、「金融危機であれ、国家規模の災害であれ、テロ攻撃であれ、大惨事に見舞われた直後の人々は、あらゆる対策を講じなければならないと考える傾向があります」と話す。「問題は、実際に対策を講じたあとでは、ほとんどの場合、そんな備えをする必要はなかったと思いがちなことです」

たとえば、2005年に大型ハリケーンが上陸したときは、洪水保険の加入者が増加した。ところが2年も経つと、人々はなぜ保険料を支払っているのかさえ思い出すことができないのだ。

政府がリスクというものを理解していないのだとしたら、それは最悪だ。政府にとって、ある種の保険は実際に利益になる。科学予算とはある意味で、リスクを分散するための大きなプールなのだ。2018年のリスクはハリケーンや海面上昇ではないかもしれないが、ジカ熱や石油流出事故、テロが現実の脅威になる可能性はある。そうした脅威が起こったとき、保険はプラスの影響をもたらすだろう。「政府が直面するリスクの大きさを考えると、見返りは十分大きいはずです」とマイヤーは指摘する。「現実から目をそらすような決断は、あまりに近視眼的です」

サイエンス・セーフティーネット構想

もし予算教書でリスクが理解されていないわけではないのなら、もう少し賢い理由があるのかもしれない。

たしかに、政府は科学という保険を買う必要はない。これは考え方の問題だ。たとえば社会は、がんや糖尿病に巨額の予算を投じる価値はないと判断するかもしれない。もしかしたら、予防やプライマリケア、救急救命を重視した方が国民は健康になるのかもしれない。たばこに法外な高値を付けて日焼け止めを飲料水くらいに安くした方が、ゲノムをターゲットにした薬を開発するより、がんの減少につながるのかもしれない。

筆者がいま例を挙げたような大きな政策的変化は、企業の既得権益を別の者(おそらくは別の企業)に移動させることになるだろう。だがそうしたやり方は、過剰な予防をすることにもつながりうる。科学を保険として使えば、政府はこうした過剰な保護が不要になる。科学に資金を投じ、税法についても改正する。その両方をやってみてはどうだろうか。

人々は、事実や統計が理由で保険に加入するわけではないという研究結果もある。効果的な方法は、保険をあらかじめコストに組み込んでしまうことだ。「洪水保険を住宅ローンの一部として組み込むことで、自動的にに加入させるような方法です」とメイヤーは説明する。「ただし、加入をやめるという選択肢は与えます。そうすれば、本当に洪水保険は不要なのだろうかと考えるようになります。選択の自由は侵害していません。言ってみれば、防御や安全への投資をデフォルトの設定にするということです」

そうすることで、ソーシャル・セーフティーネットに似た「サイエンス・セーフティーネット」を構想できるかもしれない。メディケアや社会保障などのように、必要経費として予算に組み込んでしまうのだ。優先順位は決まっておらず、新たな問題が生じたら臨機応変に動かせばいい。問題は解決策を生み、さらに新しい問題が生じるというループが生じるだろう。

しかし、そうした構想は、トランプ大統領の予算教書にはない。新たな優先事項を見つけたわけではなく、ただ古い優先事項を捨てただけである。従ってこの予算教書は、リスクについては無関心であると結論付けざるをえない。なぜならこの政権は、社会のリスクについて考えなければならないとは思っていないからだ。

貧困層、有色人種、女性、都市生活者が、こうしたリスクを担うことになるだろう。豊かな人々は、薬やきれいな水、洪水と無縁の土地など、予算に組み込まれていないものを自分の金で買う余裕がある。たとえ小惑星が地球に衝突するといった惨事が(メタファーであれ現実であれ)起きても、豊かな人々は「金」というドームによって守られる。豊かな人々は、社会的な保険を必要としない。ポケットマネーによって命を買うことができるのである。

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